あなたの隠れた魅力を引き出す小説講座

初心者大歓迎♡生徒さんの現状やペースに合わせて一緒に作品を完成させていく「日本一敷居の低い」小説講座です。

作品の完成度にこだわるよりも、自分の中にある欲に忠実になった方が結果的に納得のいく作品が書けます

説って、書けば書くほど「自分の」作品に対する目が厳しくなるものなんですけど、そうやって作品の完成度にこだわり始めると、その人が本来持っていたはずの自由な感覚が鈍ることがあります。

 

自分の内側から湧き起こってくるものではなく、「ここはこういう展開にするのが妥当」とか「ここで山場を作るべき」とか、そういう枠の中で考えてしまうようになるんです。

 

 

私も長い間、枠の中で書いてきた人間なんですけど、当時の作品を振り返ると、たしかに完成度は高いけど、どこか「作り物」めいているんですよね。

小説なんだから作り物で当たり前って思うかもしれませんが、そうじゃなくて、キレイにまとまりすぎていたり、無駄がなさすぎて「遊び」が感じられなかったりするわけです。

 

そういう作品って、書いているときの自分もすごく冷静で、あまりテンションが高くないんですよね。気合は入ってるけど、楽しめてはいない、みたいな。

 

以前、「女による女のためにR-18文学賞」にそういう作品を送ったことがあるんですけど、二次審査で落ちてしまいました。そのときは不服だったんですけど、いま思えば、私の中にある「ここはこんな感じにしておけばいいんでしょ」というあきらめが透けて見えてしまったんだと思います。

逆に、一次審査を通過できたのは、作品の中に「欲を思う存分表現した部分」があったからかなあ、と。

 

また、「Kino-Kuni文学賞」で佳作をいただいた作品は、もともと賞に応募する気はなくて、会社員生活のストレスを発散するため「自分の中にある欲に忠実に書いた」ものでした。

その作品を書くことで、現実世界では満たされない欲望を満たしていたんです。

他にもたくさん作品を送ったのに、入賞できたのはその作品だけでした。そして、欲だけで書いた作品も、やっぱりそれだけでした。

 

ちなみに、「うつくしいものを書きたい」という欲に従えば、自然と完成度は高くなるんですけど、それは欲から来たものなのでOKです。

大切なのは、それが「純粋な欲求」から来るものなのか、それとも「他者に認められたい」という承認欲求から来るものなのか、という動機の部分です。